愛人でしたらお断りします!


近くの化粧室に飛び込んで鏡に上半身を映してみたら、酷い有様だった。
庭園の薄暗い会場ではわからなかったが、お酒のせいで顔は赤らんでいるしワインを被ったベージュのスーツの上着は肩から前身ごろにかけて赤黒く染みになっている。

(醜いな……)

ただでさえ容姿に劣等感を持っていた椿は自分の姿を見て、悲しくなってきた。

(こんな無様な姿、誰にも見せられないわ)

コッソリ家に帰っても、久保田夫妻に見つかったら心配をかけてしまう。

(そうだ。社長室に着替えを置いていたはず)

急なパーティーや弔問があっても大丈夫なように、何着かスーツを置いていたのを思い出した。
このホテルからなら、家に帰るより会社の方が断然近い。

そうと決めた椿は簡単にメイクを直し、汚れたスーツの上着だけを脱いでレースのブラウス姿になってみた。
鏡に映った姿は、これなら見とがめられるほど酷くはないと思われた。

それから小走りにタクシー乗り場へ急いだ。

「銀座までお願いします」

車に乗り込むとホッと気が緩んで、また涙がじわりと浮かんできた。
前を走る車のテールランプが滲んで見える。

(なにやってるんだろ、私……)

この半年余り、なにも考えずに蒼矢に言われるがまま無心に働いてきた。

(その結果がこれなの?)

椿自身は努力したつもりだし、大きな失敗もなく結果を残したはずだった。
でも他人から見れば、蒼矢を侍らせているわがままで無力なお飾りの社長なのだ。




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