愛人でしたらお断りします!
その夜の出来事
銀座本社の通用口に着くと守衛が怪訝そうな顔を一瞬見せたが、なにも聞かずに顔パスで通してくれた。
椿は社長室のある15階にダイレクトで上がれるエレベーターに乗った。
10月初旬とはいえ、レースのブラウス一枚では少し肌寒い。
社長室には仕事のデスクや応接セットだけでなく、隣室に簡単なキッチン設備や洗面台のある化粧室がある。
備え付けのクローゼットもあるので、この時ばかりは椿はこの場所に感謝した。
赤ワインがかかった場所はなんだかベトベトして気持ちが悪い。
椿は誰もいないのをいいことにレースのブラウスを脱いで下着だけになると、
ジャブジャブと温水を出して顔を洗って化粧を落とした。
それから熱いお湯で濡らしたタオルを使い、ワインの匂いがする身体を拭いた。
これで今夜のことが洗い流せるわけではないが、せめて嫌な思い出にだけはしたくなかった。
泣かなかったし、言い返しもしなかったのだから自分にできる最低限のことはしたはずだ。
(誰も褒めてくれないけど、私は頑張ったよね)
自分で自分にご褒美をあげたいと思えるほどだった。