愛人でしたらお断りします!
(油断した……)
自分を置いて帰るほどのなにかがあったのかと心配になってくる。
蒼矢があかねから離れたら、ウエイターが青い顔をして近づいてきた。
「久我様、お連れ様に大変失礼なことをしてしまいまして……」
彼は蒼矢が椿の連れだと認識していたらしい。
ウエイターはワインが椿に掛かったことを詫びていたが、本来なら客の話を漏らすことはないだろうに、あまりに酷い様子だったからとその時の状況をつけ加えてくれた。
相手の名こそ伏せていたが、嫌がらせのように椿にからんでいたというのはあかねたちだろう。
(なんてことだ!)
ウエイターから椿がホテル内に走っていったと聞いて、慌てて椿の後を追った。
タクシー乗り場で彼女の後ろ姿に追いついたが、一足遅かった。
「あの車を追ってくれ」
タクシーは自宅の方角ではなく、銀座に向かっている。
(会社に行くつもりか……)
銀座本社に着くと、守衛も椿が先に帰ってきていると教えてくれた。
どうやら別行動だったことは怪しまれていないようだ。
社長室に入ると水の音が聞こえた。ウエイターは椿がワインを被ってしまったといっていたので、汚れた服をなんとかしようとしているのだろうか。
とりあえず、彼女の居場所がわかったので安堵した。
社長室の黒皮のソファーに座って、椿が洗面所から出てくるのを待つことにした。
それが間違いだった。ドアを開けて出てきた椿はなんとも艶めかしい状態だった。