愛人でしたらお断りします!
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栢野拓真は、項垂れて家に帰り着いた。
家といっても、かつて住んでいた豪邸ではない。
無理に進めた大手スーパーがプティット・フルールを吸収合併する話の裏には、父がかなりの負債を抱えていたという事実があった。
家や家財は売り払い、父に愛想をつかした母は実家に帰っていった。
今、拓真が住んでいるのは賃貸マンションだ。
「ただいま……」
習慣で声をかけたが、父は自分の部屋で飲んでいるだろうし姉の真由美はとっくに自立している。
自分だけが父を見捨てられずに一緒に暮らしているのだ。
狭い玄関で靴を脱ぎながら、拓真は苦しくて苦しくてたまらない。
さっきこの目で見た生々しい光景が忘れられないからだ。
残業を終えて帰ろうとしたら、馴染の守衛から椿が走って社長室に向かったと聞いて心配になった。
ただでさえ、このところはオーバーワーク気味なのだ。
なにか良くないことが起こったかと慌てて駆けつけた。
そっと15階の部屋を除いたら、あのふたりが抱き合っていた。
(椿と久我さん……)
昔から『仲がいいな』と、なんとなくは察していた。
だが、いざ目の前でキスしてハードに抱き合っているのを見たらショックを受けたのだ。
その時初めて、拓真は自分が椿を女性として好きだったんだと気がついた。
(僕だって椿のことを大切に思っているんだ!)
父がしでかしたことで、両親を失ったばかりの椿には迷惑をかけてしまった。
だからこそ、自分のできることで力になろうと決めていた。
新しい商品を開発してヒットさせ、社長になった椿を陰から応援しようと思っていたのだ。
だがその覚悟も、あの二人を見た途端にシャボンのように消えてしまった。