愛人でしたらお断りします!


蒼矢も顔にこそ出さないが、海外にいた両親の代わりとなって自分に愛情を注いでくれた栢野夫妻の死には大きな打撃を受けている。

蒼矢の両親は、祖父の家に彼を預けて海外赴任していた。
KUGAコーポレーション社長として絶大な権力を持つ祖父久我朔太郎(くがさくたろう)は昔気質だ。
祖父母の家での暮らしは幼い蒼矢には息苦しくて、いつも隣家の栢野家に逃げ込んでいた。

実は両家には、‶秘密の通路″があった。
祖父たちに嫁いだ女性たちが親友同士だったことから、互いの屋敷を気安く行き来できる工夫がされたのだ。
なにしろ当時は携帯電話のない時代だったから会う約束をするのもひと苦労だったらしく、妻同士が考えついたのが両家を繋ぐ扉だった。
堂々たる屋敷を構えている両家の境にある金木犀の生け垣に、小さな枝折戸(しおりど)が隠されていて、それを通ればいつでも好きな時にお互いの家を訪問できる仕掛けだ。

蒼矢もそこを利用して子どもの頃からしょっちゅう栢野家にお邪魔していた。
こちらでの食事やお菓子がすこぶる美味いのだ。
久我家の家政婦だってそこそこの腕前だが、栢野家にいるのはプロの料理人だ。
蒼矢は、まず胃袋を掴まれてしまった。

それから、椿の存在だ。

6歳年下の椿は幼い頃からお菓子が大好きで、ぽっちゃり気味だった。
蒼矢が抱っこしたりおんぶしたりしてやると、どこもぷにぷにと柔らかかった。

おまけに『そうちゃん』『そうちゃん』と、
なにをするにも何処へ行くにも、蒼矢の後をついてくる。
ニコニコ笑っている椿を見ていると、両親が側にいない寂しさも癒された。
チョッと揶揄うとピイピイ泣いてしまうのがたまに傷だったが、椿の頬の柔らかさは高校生になっても変わらなかった。

< 6 / 129 >

この作品をシェア

pagetop