愛人でしたらお断りします!


その日、屋敷に帰ると椿はお菓子を作った。
蒼矢に食べてもらおうと寝かしておいた、アイスボックスクッキーの生地をカットして丁寧に焼いた。

こんがりと焼き上がると粗熱をとっている間にさっとシャワーを浴び、着替えてからラッピングしたクッキーをバスケットに入れた。
8時を過ぎたこの時間なら、蒼矢も家に帰っているだろう。

「これからお隣にクッキーのお裾分けにいく」と、家政婦の久保田幸子にさり気なく告げた。

「少し遅くなるから、幸子さんは先に寝ていてね」
「はいはい、わかりました。ごゆっくり」

気を利かせたつもりなのか、幸子は笑っている。
いつもより早く久保田夫妻を離れに下がらせると、椿は急いで自室に戻り小ぶりのスーツケースに荷物を詰めた。
少しの着替えと化粧品。念のために、通帳と印鑑も準備した。

椿はそっと家を出た。
スーツケースを金木犀の植え込みに隠してから、クッキーを入れたバスケットだけを手に久我家を訪ねる。




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