愛人でしたらお断りします!
栢野家がレトロな洋館造りなら、久我家は古風な和風の造りだ。
渡り廊下で繋がる離れだけが現代風の建物で、そこに蒼矢が住んでいる。
緊張しながら、椿は蒼矢の部屋のドアをノックする。
蒼矢の部屋を直接訪ねるのは久しぶりだった。
硬質な木の扉は乾いた音を響かせる。
「蒼ちゃん」
勇気を出して椿が声をかけると、部屋の中でなにかが倒れるようなガタンという音がした。それから蒼矢が顔を見せた。
「驚いた! 椿じゃないか。こんな時間にどうしたんだ?」
慌てたようにドアを開けた蒼矢は、いつものすました顔ではなかった。
「来ちゃった」
万感の思いを込めて、椿は蒼矢に告げた。
「それは……」
黙り込む蒼矢の横をするりと抜けて、椿は彼の部屋に入った。
仕事中だったのか机の上には資料が広げてあって、床に分厚い辞書が落ちている。
さっきの音は本が落ちた音だったのだろう。
「次に進む覚悟ができたってことか?」
ドアを閉めた蒼矢に向かって、ゆっくり椿は頷いた。
蒼矢は一瞬だが息を呑んだように見えた。
愛人にはなりたくない。でも、一度くらい大好きな蒼矢に愛されたい。
だから椿は決めたのだ。自分の意志で、蒼矢のところに行こうと。
「椿、いいんだな」
もう一度、蒼矢の目を見つめながら椿は頷いた。