愛人でしたらお断りします!
翌朝、いつも通りの時間に蒼矢が目覚めたら椿の姿はなかった。
彼女がいたはずのベッドのスペースは、すっかり冷たくなっている。
仕事に間に合うよう着替えに帰ったのかと思い、自分も急いで身支度をした。
部屋のテーブルの上には椿が持ってきたバスケットが置いたままだったが、気にも留めずに離れから母屋に向かった。
「おはよう」
「あ、おはようございます。蒼矢さん」
勤勉な市岡は、もう出勤してきていた。
「昨夜は椿様より先に帰らせていただきましてすみませんでした」
「いや……、構わない。それよりじいさんはいつ帰国だったかな?」
市岡は顔には出さないが、昨夜なにがあったのかわかっているだろう。
蒼矢は浮かれそうになる気持ちを抑えて、できるだけ自然に話した。
「社長は明後日の夜にはお帰りでございます」
「わかった。帰国したら大事な話があるって伝えておいてくれ」
「承知いたしました」
『椿と結婚したい』いや、『結婚する』と祖父に告げようと蒼矢は密かに決めていた。