愛人でしたらお断りします!
蒼矢がいつも通り栢野家に行くと、久保田夫妻が目を丸くした。
「おはようございます」
「あ、あの、蒼矢様……椿様はご一緒ではなかったんですか?」
「は?」
蒼矢の反応に、久保田夫妻は慌て始めた。
「てっきりご一緒だとばかり……」
幸子は二階の椿の部屋に駆け上がっていくし、執事の浩介は庭に飛び出して行った。
「いったいなにがあったんだ?」
ふたりの様子が気になった蒼矢が幸子を追いかけて声をかけると、信じられない返事が返ってきた。
「つ、椿様がどこにもいらっしゃらないんです!」
「ええっ?」
「昨夜は蒼矢様とご一緒だとばかり思っておりまして……」
おたおたしている幸子に、蒼矢は昨夜のことを話した。
「確かに我が家にクッキーを持って来てくれたが、帰ったはずだ」
「何時ごろでしょうか?」
「時間は……わからない」
自分が寝ている間に帰ったとは、さすがに蒼矢も言いにくかった。
その前になにがあったかまで口にするのは憚られた。
蒼矢の不確かな言葉を聞いた時の幸子の表情は、なんとも言い難いものだった。