愛人でしたらお断りします!


蒼矢がいつも通り栢野家に行くと、久保田夫妻が目を丸くした。

「おはようございます」
「あ、あの、蒼矢様……椿様はご一緒ではなかったんですか?」
「は?」

蒼矢の反応に、久保田夫妻は慌て始めた。

「てっきりご一緒だとばかり……」

幸子は二階の椿の部屋に駆け上がっていくし、執事の浩介は庭に飛び出して行った。

「いったいなにがあったんだ?」

ふたりの様子が気になった蒼矢が幸子を追いかけて声をかけると、信じられない返事が返ってきた。


「つ、椿様がどこにもいらっしゃらないんです!」
「ええっ?」

「昨夜は蒼矢様とご一緒だとばかり思っておりまして……」

おたおたしている幸子に、蒼矢は昨夜のことを話した。

「確かに我が家にクッキーを持って来てくれたが、帰ったはずだ」
「何時ごろでしょうか?」

「時間は……わからない」

自分が寝ている間に帰ったとは、さすがに蒼矢も言いにくかった。
その前になにがあったかまで口にするのは憚られた。
蒼矢の不確かな言葉を聞いた時の幸子の表情は、なんとも言い難いものだった。



< 67 / 129 >

この作品をシェア

pagetop