愛人でしたらお断りします!
そのころから椿はどこもかしこも柔らかそうで旨そうで、蒼矢にとっては目障りな存在になってきた。
おまけにケーキ職人になりたいと言いだして、いつもキッチンで洋菓子を焼いているらしい。
栢野家に行くたびに甘い匂いをさせながら近寄って来て、『蒼ちゃん、味見して』と、甘えてくるのだ。
(カワイイ。でも、めんどくさいヤツ)
それがつい先日まで、蒼矢が椿へ抱いていた感情だった。
あの日までは……。
椿の両親が亡くなって葬儀に参列するためにニューヨークから駆けつけると、広い葬儀場に喪服姿の彼女が座っているのが見えた。
肩に届くくらいの髪は結わずに下ろしたままなので訪れる弔問客にお辞儀を繰り返すたびに頬にかかっていた。
涙も見せず無言かつ無表情のままだが、視線は定まっておらず虚空を彷徨っているようだった。
ぽっちゃりしていたはずの椿の肩がやけに細く見えた。
顔色はとても悪く、青白いというよりまっ白だ。
(よく倒れずにいられるな)
妙なところに感心していたら、隣にいた蒼矢の祖父がなにかポツリと呟いた。
そちらに顔を向けたら、いつも冷徹な祖父が涙を流していたのだ。
『かわいそうに椿ちゃん。ひとりぼっちだ……』
それこそ赤ん坊の頃から椿を可愛がってきたのだから、
祖父にとっても孫のように思えるほどの愛情があったのだろう。