愛人でしたらお断りします!
堂々とした店構えの笹本屋のすぐ横に、小ぢんまりとした店がある。
和風の外観だが、扱っているのは洋菓子だ。
店の名前は『シャトン』 三年前にオープンした洋菓子店だ。
笹本屋の次男、笹本祐次が経営している店で、猫好きの妻のためにこの名を付けたらしい。
祐次は家業のせんべい作りより洋菓子作りに熱中してしまい、とうとう洋菓子店の店主になった経歴の持ち主だ。
シャトンは地元の人や和食に飽きた観光客からも愛されており、経営も軌道に乗り始めたところだ。
今日も店の奥の工房からは、幸せな甘い香りが漂ってきている。
「店長、フォンダンショコラ焼き上がりました」
注文があった誕生日用のホールケーキのデコレーションをしていた笹本が手を止めた。
「ありがとう、椿さん。あとでショーケースに入れておいて。じゃあ、次に取りかかれるかな?」
ショーケースには秋らしいケーキが並んでいる。
チョコレートのケーキや梨のタルトは人気が高いし、モンブランには地元産の栗を使っている。
「次はホテルから注文のあった、タルトタタンでしたね」
「そうなんだ。椿さんのレシピに変えてから注文が増えちゃって」
「ありがとうございます。嬉しいです」
キャラメリゼの香ばしさが強めなのが椿のタルトタタンの特徴だ。
大人っぽい仕上がりになっているから、ホテルのティータイムで好評のようだ。
「こっちこそ、助かっているよ。椿さんがうちに来てくれてよかった」
笹本はフルーツを飾り付けようと、またホールケーキのほうに集中した。
今、椿はこの店で働いている。