愛人でしたらお断りします!
ただ茫然とする椿を見て、律希が恐る恐る尋ねてきた。
『椿ちゃん、どうするの?』
律希にはぼんやりしている椿の表情は、望まない妊娠に落ち込んでいるように見えたのだろう。
だが律希の心配そうな声は椿の耳には届かなかった。
『私、産みます!』
『でも、ひとりで? 大丈夫なの?』
ひとりで育てるなんて律希には想像もできない大事業に思えたのか、椿の決断を聞いてもまだ不安げだ。
『大好きな人の赤ちゃんなんです。授かった命を失いたくありません』
律希は、まさか椿の口から‶好きな人”という言葉が出てくるとは思っていなかった。
椿が家を出てまで避けていた相手が、まさか子どもの父親だったとは信じがたい。相手を嫌って逃げていたのではなかったのだ。
『それなら、子どもができたって彼に伝えた方がいいんじゃない?』
だが、椿は首を横に振る。
『その人は、私のことはなんとも思っていないの』
『だって、探しているんでしょ椿ちゃんのこと』
蒼矢がどうして自分に拘るのか、椿にはわからなかった。
プティット・フルールのことなら椿が社長でなくても大丈夫なはずだ。
(蒼ちゃんはKUGAコーポレーションの後継ぎだし、今頃はあかねさんとの結婚が決まっているはず)
今さら子どもが出来たなんて蒼矢には絶対に言えないと、椿は思っていた。
それこそ蒼矢の幸せな未来をぶち壊してしまうだろう。
『大丈夫よ、律希君。私ひとりで大切に大切にこの子を育てます』
椿は覚悟を決めた。蒼矢には知らせずに洋菓子職人として母として生きていくことを。
その頃に、たまたま紹介されたのが笹本祐次だった。