愛人でしたらお断りします!
ちょうど笹本が温泉街に店を出してしばらく経った頃だった。
笹本は律希の父の店で働いていたので、律希の兄弟子にあたる。
店が軌道に乗ってきたので職人を募集しようと思い立ち、律希の父の店に相談にやってきたところで椿と出会ったのだ。
芦屋から離れた場所にある温泉街での仕事に椿は飛びついた。
そこなら蒼矢にも見つかることはないだろう。
妊娠がわかってからの転職話だったので、笹本にもキチンと事情を話した。
断られるかと思ったが、それでも笹本は椿を受け入れてくれた。
『パリで修行した人に来てもらえたら嬉しいよ』
しかも笹本は住むところも提供してくれるというのだ。
律希の父も椿の腕を保証してくれたので、トントン拍子で話はまとまった。
笹本の妻の藍里や、笹本屋の家族や職人たちも椿を温かく迎えてくれた。笹本屋の持つ従業員用のアパートの一室に住まわせてもらえるそうだ。
藍里はちょうどひとり目の男の子を出産したばかりで、椿の就職で育児に専念できると喜んでくれた。
彼らには、『事情があってお腹の中の子どもの父とは別れた。
二度と会うことはないから、子どもはひとりで育てる』とざっくりと話した。
おおよそは間違っていないはずだ。