愛人でしたらお断りします!



椿が正直に話したからか、それ以上は父親について聞かれることはなかった。
椿はもちろん自分がプティット・フルールの社長をしていたことも話していない。
会社とはもう縁を切ったつもりだし、生まれてくる子とふたりで新しい人生を歩みたかったのだ。

誰が見ても今の椿からは社長という肩書きなんて思い浮かばないだろう。
顎に届くくらいの髪はボブカットというよりおかっぱのようだし、化粧っ気のない顔は母親になるとは思えないほど幼く見える。
そのせいで周りからは悪い男に騙されて東京から温泉街まで流れて来たと思われたようだ。

椿の事情を聞いた藍里はドラマのような状況を想像したのか、涙ぐみながら抱きしめてくれた。

『大変だったね、でも、もう大丈夫。この町で元気な子を産んでね』

ひとりぼっちでの出産と子育てを覚悟していた椿にとって、藍里の言葉はありがたかった。

『一応、出産の前後は産休扱いにするから安心して働いて』

笹本は椿の体調を考えて、好意的な条件にしてくれたおかげで、椿は梅雨が明ける少し前に無事に女の子を出産した。
(優しくて愛される子になりますように)
椿は願いを込めて、娘に‶優愛”と名付けた。

『私、ケーキ作りは手伝えないけど椿さんの子育ては全面的に協力するよ』

藍里が逞しく宣言してくれた通り、椿は娘を彼女に預けてシャトンで働いている。
優愛はそろそろ一歳三ヶ月になる。


< 80 / 129 >

この作品をシェア

pagetop