愛人でしたらお断りします!
笹本屋はあと一時間は店を開けているから、客足が途絶えない。
椿は邪魔になってはと、優愛とふたりバイバイと手を振って店を出た。
秋の日暮れは早く、もう辺りは暗くなっている。
坂道を登った先の温泉街は明るいが、この辺りは街灯だけが頼りだ。
「さあ、帰ろうね。優愛」
冷蔵庫の中を思い出しながら、ベビーカーに乗せた優愛を連れて我が家に向かう。
笹本屋の近くの二階建てアパートの一室が、椿と優愛の大切なお城だ。
「ただいま」
「ま~」
優愛は椿の言葉を真似るようにドアを開ける時には言葉を発している。
片手に娘を抱いて、片手に折りたたんだベビーカーを持つ。
小柄な椿にはだんだんと重労働になってきた。
優愛を玄関でおろして靴を脱がせると、すぐに優愛はトコトコと自分で歩いて中に入って行った。
(もう少ししたら、階段をひとりで上りたがるかな)
暗い部屋に明かりを灯すと、椿はホッとする。
今日も一日の終わりが近づいてきた。夕食を食べてお風呂に入れて寝かしつけるまであとひと息だ。
優愛は一歳を過ぎてから、赤ちゃんというよりずいぶん子どもらしくなってきた。
近頃は『イヤ!』とか『ダメ!』とか、意志をはっきりと言うようになって椿を困らせることもたまにある。
(あっという間の二年だった)
家を出て芦屋に行って、妊娠して温泉街に来て出産して……。
可愛い娘を見ながら椿は怒涛の日々を思い出していた。