愛人でしたらお断りします!
知らない人に話しかけられないよう、パーティー会場の隅に隠れている椿の姿を蒼矢はよく覚えている。
ただし椿は、美味しいお菓子を前にすると別人のように目をキラキラさせていた。
材料や作り方をあれこれと想像して、自分だけの世界に浸っていたらしい。
『そこがまた、可愛いのよね』
祖母は椿の性格を見抜いていて、椿に話しかけてはお菓子の話を聞いてやっていた。
『椿ちゃんは、どのお菓子が気に入った?』
『アーモンドの粉がたっぷり入っているお菓子! それと、こっちのはレモンが入っていておいしいけど、オレンジの方が合うと思います』
幼い頃から味に対するセンスがあったのか、祖母が感心するくらい自分の意見を持っていたそうだ。
『あの子は立派なパティスリーになるわよ』
祖母は亡くなる前に、まるで預言者のような言葉を遺した。
その言葉通り、あんなにも内気だった椿がパリに留学するまでになったのだ。
祖父は妻の遺言を守って、椿には目をかけ続けていた。
だから葬儀場で蒼矢に厳命したのだろう。
『蒼矢。お前に出来ることはなんでもして、椿ちゃんの力になってやりなさい』
つまり蒼矢は、『ひとりぼっちになった椿の面倒をみろ』と仕事以上に厳しい口調で祖父から命令されたのだった。