愛人でしたらお断りします!
蒼矢はKUGAコーポレーションに戻って時間が許す限り椿を探したが、一向に見つからない。
主だった椿の親戚や友人関係は調べ尽くした。
パリの製菓学校で一緒に学んだ日本人生徒にも声をかけた。
だが、誰からも色よい返事はなかった。
唯一、青山のル・リエールのシェフ、柘植充嗣が怪しと思ったが彼の周りを調べてもなにも出て来なかった。
その従兄弟の住む芦屋まで足を運んでもみたが、得る物はなにもなかった。
多少の金は持っているだろうが、生活に困っていないだろうか。
仕事はしているのだろうかと、気になることばかりだ。
(どうして、なにも言わずに消えたんだ)
それからも椿を探し続けた。
未婚の椿の将来を考えたら醜聞になることは避けたいし、警察に届けてマスコミに悟られたくない。
考えられる手段はすべて使ったが、椿の行方はつかめない。
久保田夫妻は椿は自分の意志で家を出たことを受け止めて、いつか必ず帰ってくると信じて待つことを選択していた。
だが、蒼矢は違う。
椿を探し続けるには時間が足りない。
ついに蒼矢は、家ではなかなか話す時間が取れない祖父に会社での面会を申し込んだ。
「どうした、蒼矢。疲れた顔をしているな」
社長室に蒼矢が入るなり、祖父の朔太郎は彼の憔悴ぶりに驚いたようだ。
「じいさん……いや、社長……少し時間に余裕のある部署に異動させてほしいんだ」
予測していたのか、祖父は動揺も見せず重々しく口を開いた。
「なにを馬鹿のことを言っているんだ」
「椿を探す時間がほしいんだ!」
苛立ち紛れに大声で怒鳴る蒼矢に、祖父からは今よりもっと忙しくなる部署への異動が告げられた。
祖父は社長として、孫に対して冷酷とも思える行動に出たのだ。