"密"な契約は"蜜"な束縛へと変化する
「萌実さん……?」

私の背後から男性の声が聞こえてきた。

「おつかいの品、確かに購入してきました。大丈夫ですか、萌実さん? 泣かないで下さい。泣いていると、ご両親も私も悲しくなってしまいますから」

「ひ、樋口さんにはか、んけ、ない……!」

男性の声は樋口さんだった。樋口さんは両親から買い出しを頼まれていたらしい。泣きながら、樋口さんを遠ざけるような言葉をぶつける。

先日、忘れ物を店にした時から、樋口さんは自宅にも出入りするようになっていた。

あの日の翌日に現れた樋口さんは、まるで別人のようだった。髪を少しだけ短くし、身なりを整えて、スリムな紺のスーツを着ていた。

見た瞬間に目を疑う程に凛々しく、格好良かったのを覚えている。私の勘は当たっていた。やはり、樋口さんは身なりを整えれば格好良いと思っていたから。

両親は同一人物だとは気づかなかったらしいが、私は直ぐに分かった。私に会うためだけに、身なりを整えて両親の前で交際を申し込みに来た。

私は先日もその翌日もお断りしたが、両親はお得意さんでもある樋口さんを気に入っている為、私が居なくても自宅に上げている。今ではすっかり、両親公認の彼氏候補である。

「萌実さんが泣いてるのですから、関係ない訳ないでしょう!」
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