"密"な契約は"蜜"な束縛へと変化する
樋口さんはそう言うと、両親に断りを入れてから私を外に連れ出した。あの日から眼鏡ではなく、コンタクトな彼は別人のように積極的だったりもする。

「な、何で、ここまで来たんですか?」

泣いている私を宥めながら、駅前の喫茶店に連れて来た樋口さん。

「ただ単に、ここのコーヒーがお気に入りだからです。夕飯前に甘い物を食べるのは違反的な感じもしますが、隠れてイケナイ事をしている背徳感のようなものも感じますね」

フフフッと意味深に笑う樋口さんは、イケメンな姿をしていても、中身は以前のままのつかみどころのない樋口さんだ。

樋口さんはコーヒーもオーダーしておきながら、フルーツパフェもオーダーした。いちごやバナナなどのフルーツが盛り沢山な上に、生クリームもたっぷり乗っている。一人では食べきれないから、と言って二人でシェアしながら食べている。

ここは子供の頃に祖父母と良く来た古くからある喫茶店。当時は祖父母と同じ年代のご夫婦が経営し、今では息子夫婦が引き継いでいる。

この辺りも駅前開発により、もうすぐ昔馴染みの風景ではなくなるらしい。子供の頃から慣れ親しんだ風景がなくなってしまう。

「ここのパフェは初めて食べましたが、見た目も美しく芸術的です。スマホのカメラで写真を撮りたがる若者の気持ちが分かります」

パフェを美味しそうに頬張りながら、樋口さんはニコニコと笑みを浮かべる。確かにここのパフェはボリュームもあり、遠方からはるばる記事の写真を見てはパフェを食べに来るお客さんもいる程に有名だ。季節毎に旬のフルーツをふんだんに使い、最近ではフルーツサンドも始めた。

しかし、樋口さんだって32歳なのだから、まだまだ若いと思うのは私だけ?
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