"密"な契約は"蜜"な束縛へと変化する
「秋吾さんの頭に枝付きの桜の花が乗ってましたよ」

手の平に小さな枝付きの桜を乗せて差し出した。秋吾さんは優しく微笑んでから「栞にします」と言ってバッグの中からミステリー小説の文庫本を取り出して、本の間に挟む。

桜の花びらを栞にするって? 男性なのに、ロマンチストなんだな。いや、男性だからロマンチストなのか?

私は咄嗟の秋吾さんの行動が読めなくて、心が踊る。

「桜ももうすぐ散ってしまいますね」

「そうです、ね……!」

今日は雲ひとつなく、比較的、風も穏やかな暖かい日。桜の花びらは穏やかな風でも、はらはらと舞ってしまい、そろそろ終焉を迎えようとしていた。

秋吾さんに声をかけられて桜の木を見上げた時、周りに誰も居ないことを良いことにキスをされたのだ。

これが秋吾さんと交した初めてのキスだった。

「萌実さんがあまりにも可愛いから、つい出来心です」

私は唖然として立ち尽くす。秋吾さんて、秋吾さんて……!

「い、意外に積極的なんですね!」

「前にも言ったじゃないですか。私は一度のめり込んだら愛し抜きますよって」

それは美術に関することじゃなかったの? 私はてっきり、美術関連のことだと考えていたが、どうやら思い違いらしい。毎日のように買いに来てくれた弁当も、付き合い立ての私も、美術関連も同等だった。

「だから、あまりにも萌実さんが可愛いと我慢が効かなくなる」

秋吾さんは呆然としている私の手を引いて、「そろそろ行きましょうか」と誘う。私を見て、真剣な眼差しをしながら言わないで。私は急激に恥ずかしくなり、目線を外して唇をキュッと噛んだ。

誰も周りに居ないとはいえ、秋吾さんが公衆の面前でキスをした。その事実も信じられないが、私に対して我慢が効かなくなるだなんて……!

「イヤリング、似合ってますね。付けてきてくれてありがとうございます」

秋吾さんは歩きながら、私を見つめながら言った。私はまだ、まともに秋吾さんの顔が見れない。タイミングを見計らったように言った秋吾さんが憎らしい。

私達はカフェでランチをして、その後は映画を見たりしてのんびりまったりとして過ごした。
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