"密"な契約は"蜜"な束縛へと変化する
美術の先生なので絵画に没頭したりして、身だしなみを整える暇がないのかな? 勝手な憶測だが、樋口さんはのめり込んだら一途なタイプだと思うのだ。

だって、ほら、平日は毎日のように弁当を買いに来てくれるから。

「私の名前は、川……」

「知ってますよ、川崎萌実さんですよね?」

自分の名前を名乗ろうとした時、先生は私の名前を先に口に出した。何故、知っているのだろう?

「昇降口奥にある階段の正面に飾ってある絵画の制作者は貴方でしょう? 緻密に書かれた絵画の中に優しさが溢れている、そんな作品です。光と影のバランスも、光が射している部分の透明感も素晴らしい。全国コンクールでは惜しくも銀賞でしたが、絵画は審査している側の意見や好みが色濃く出てしまう。私が審査員ならば、間違えなく最優秀賞でしたよ」

樋口さんは私を真っ直ぐに見つめながら淡々と話す。間違えなく、あの絵は私が描いたものだ。新緑が生い茂る季節に校舎を模写して、よっぽど天候が悪くない日以外は暑さ寒さも関係なく、外で作業をしていた。

美術部に在籍していた私は、当時の顧問の先生から「撮影した写真を見て、学校内で描いたら?」と言われていたのだが、それでは納得がいかずに連日のように外での作業。おかげでその期間は日焼けして、肌が酷いことになった。
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