"密"な契約は"蜜"な束縛へと変化する
「お名前伺っても良いですか? 私は川口萌実《かわぐちめぐみ》で、彼は樋口です」

「めぐちゃんね。私の名前は奏《かなで》だよ」

彼女は奏さんと言うらしい。奏さんは人懐っこい性格をしていて、初対面なのに私のことを"ちゃん"付けで呼んでいる。でも、秋吾さんの名前はリピートしなかった。ただ単に口に出さなかっただけなのか、何なのか……。少しだけ不思議に思ったが、この予感は後程、的中する。

秋吾さんは全く気にせずにコーヒーとスコーンを楽しんでいた。

私達は雑談をしながらチェックインぎりぎりの時間までカフェで過ごす。帰り際に両親のお土産を購入し、秋吾さんが気に入った豆も轢いてもらった。

お土産もカートの中にしまい、いざ旅館へと出発しようとした時に秋吾さんが口を開く。

「貴方はどちらまで?」

奏さんに対して問いかけた。全く持って人の話を聞いていなかったらしい。

「偶然にも同じ旅館なんです! 一緒に行きましょう。ね? いいでしょ?」

奏さんは満面の笑みを浮かべて、私の腕に絡みついてきた。

「良いですけど……、旅館に着いたら他人ですよ。私達の邪魔をしないで下さい!」

秋吾さんはいつになく冷たい表情をして、低い声で返す。

「嫌だなぁ、邪魔なんてしないですよ。私はただ……せっかくめぐちゃんに会えたから、今を大切にしたいだけなのに……!」

奏さんは秋吾さんの態度に怯えてしまい、今にも泣きそうだ。

「秋吾さん! そんな言い方をしなくても良いじゃないですか! 行きましょう、奏さん」

奏さんの肩を持つわけではないが、秋吾さんの言い方が気に入らなかった。ほんの数分間をこれから一緒に歩くだけの何が気に入らないの?
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