"密"な契約は"蜜"な束縛へと変化する
私は私で何を口走っているのだろう。会った感想なんて聞いてどうするのだろうか?

「そうですね……、一生懸命にただひたすら、絵を描くことに集中されていたのかと思うと高校時代の自分ならば、恋に落ちていたでしょう。今は教職員の立場なので、そのようなことは避けなければなりませんね。もしかして、川崎さんは私が貴方のストーカーだと思っていましたか?」

またもや、訳が分からない返答だ。この人、先生のくせに支離滅裂だし、話が通じていない気がする。

「ストーカーだと思ったことは一度足りともありません! では、おやすみなさい!」

もういいや。やっぱり、この人は美術オタクの変人なんだ。きっとそうだ。そう思い込むことにして、くるりと回って背を向けた。

フワッ。

「川崎さん、上着も着ずにわざわざ本を届けて下さりありがとうございました。送って行きますよ」

肩にかけられたジャケットからは、ふんわりと良い香りが漂った。フローラルの香りみたい。

「直ぐ近くですから、大丈夫です」

「まぁ、そう言わずに」

話が噛み合わないし、身なりも気にしていないような人にドキドキしてしている。肩にかけられたジャケットを突き返す訳にもいかず、仕方なく一緒に歩く。

「夜道は危ないですから、川崎さんは私の真横を歩いて下さいね。手を繋がなくとも、真横なら予期せぬ悪からも守れると思いますから」

「はい……」

どんな根拠を元にそのような結論に達したのかは分からない。何なんだろう、この人。身だしなみは難ありなのに、不思議なことに良い男オーラが出る時があるのだ。無自覚でしているのだとしたら、恐ろしい。
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