溺愛ハンティング
 その日、ボタ二カルツアーの後は特に予定を入れていなかった。

 はじめは書店でメンズのファッション誌をチェックするつもりだったが、こんな状態ではかえって混乱してしまいそうだ。
 私はぼんやりしたまま歩き続け、気がつけば駅の近くまで来ていた。

 ツアーが始まったのは十時半で、今は一時を回っている。
 お昼時を過ぎていたが、食欲はまるでなかった。それでもひと休みしたい気はする。

「あ」

 ふと感じの良さそうなカフェが目にとまって、コーヒーでも飲もうかと思った時だ。

「……さーん、待って!」

 後ろの方で、男性の大きな声がした。何事かと思って足を止めると、今度はもっとはっきり聞こえてきた。

「わかばさーん!」
「えっ、私?」
「わかばさん、待ってくださーい!」

 ここは初めて来た場所だし、もちろん知人もいない。

(誰?)

 私が驚いて振り返ると、紺色のつなぎを着た長身の男性が立っていた。

「ああ、よかった。間に合った」

 金色に近い茶髪。日焼けした、色気とあどけなさとが絶妙に混ざり合った笑顔。それはついさっきまで一緒にいた――

「や、八木さん?」
「はい、これ」

 差し出されたのは、ライムグリーンのショッパーだ。ツアーの最後に渡されたおみやげだった。
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