溺愛ハンティング
 私は八木さんの全身に目を走らせ、「お財布お持ちですか」と訊ねた。なんだか手ぶらにしか見えなかったからだ。

「あっ!」

 八木さんがつなぎのポケットを確認して眉を寄せたので、さらに訊ねてみる。

「スマホは?」
「うっ!」

 やっぱり何も持たずに出てきたらしい。
 そこまで急いで追いかけてくれたことに、どんどん申しわけなさが募っていく。

 このまま彼を放っておくわけにはいかなかった。風邪を引かせてしまうかもしれないし、私もちょうどカフェに入るつもりだったのだから。

「あの、コーヒー……よかったら、ご一緒しませんか?」

 そう言ってから、息が止まりそうになった。

 私は今、何を口走ってしまったのだろう? 
 男性を、それも会ったばかりの人をお茶に誘うなんて、二十五年の人生で初めてのことだった。
 その事実に動転し、鼓動が急激に速くなる。

「あ、あの、いや、ご一緒というのはそういうことではなくて、えっと、おみやげを届けてくださったお礼というか、あ、でも、もしおひとりがよければ、私はその――」
「いえ」

 意味不明な言いわけを重ねる私を、八木さんが笑顔で遮った。

「ぜひご一緒したいです」
「えっ?」
「よろしくお願いします!」

 それから八木さんに深々とお辞儀され、私はとまどいながら「こちらこそ」と答えたのだった。
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