溺愛ハンティング
 いったい私は何をしているんだろう?
 今日のことは全部コンテストのためで、こんなふうにドキドキしている場合じゃないのに。それに肝心のアイデアはまだ全然浮かんでいないのに。

 ところが私が反応しなかったからか、八木さんはさらに押してきた。

「今晩長野へ行くのでそろそろ帰りますが、明日の夜には戻ります。そしたらまた会ってくれませんか? 今度はもっとゆっくり」
「でも――」

 意外な展開に驚いてはいたが、頷かなかった理由はそれだけではない。

 もちろん八木さんは知らないが、私たちは明後日、仕事で顔を合わせることになっているのだ。

「頼みます、わかばさん。見た目が軽そうなのはわかってますけど、俺は決して……あ、そうだ! 高砂屋百貨店の本店、知ってますか?」

 ふいに職場の名前を出され、私は小さく息を呑んだ。

「今、エントランスに桜が飾ってあるので、よかったら見てください。最近の自信作なんです。あれを見てもらえば――」
「八木さん」

 私は深呼吸してから、ゆっくり立ち上がった。
 ここまで来たら、黙っているわけにはいかない。

「ご挨拶が遅くなって、たいへん申しわけありません。高砂屋本店紳士服部門の鳴瀬若葉と申します。このたび、キャンペーンの企画でご一緒させていただくことになりました」

 なぜか八木さんと視線を合わせられなくて、私はことさら深く頭を下げた。
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