因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました

「まだキリが悪いんで、後でいいです。……あー、ずんだ餡の団子があれば取っておいてください」
「わかった。太助くん、ずんだの味が好きなんだ」
「悪いですか?」
「まさか。ただそうなんだなって思っただけ。ごめん、お水出させてね」

 太助くんに少し体を横にずらしてもらい、やかんに水を注ぐ。

 彼はその間、ゴム手袋をはめた手でスポンジを持ち、黙々と換気扇を磨いている。

 こういう沈黙が一番気まずい。伊織さん、早く戻ってきてくれないかな……。

「怖いですか? 僕のこと」
「えっ?」
「まぁそうですよね。野良犬に近づいたらなにされるかわかったもんじゃない」

 私が返事をする前に、太助くんが自分で自分を(あざけ)る。

 また、〝あの太助くん〟だ……。

 なぜだか自分を野良犬だと言って悲しい目をする、もうひとりの彼。

「あふれてますよ」
「えっ? あぁっ!」

 慌てて水を止め、やかんの周りを拭いて火にかける。

 微かに揺れるコンロの火を見ながら、私は太助くんに語り掛けた。

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