因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました
「怖いと言うより……どうしてそんなことするのかって、理由が知りたいかな。野良犬だって、なりたくてそうなるわけじゃない。それまでの飼い主が無責任に自分を捨てたせいで、人を信じられなくなって噛み付いたりするんだもの」
太助くんは黙っている。それでも、換気扇を磨く手は止まっていて、私の話に耳を傾けてくれているのがわかった。
「太助くんにも、なにか事情があるんだよね?」
「僕は……」
彼が口を開きかけたその時、勝手口がガチャっと開く。
そして伊織さんと家政婦たちがぞろぞろと入ってきた直後、目の前のやかんがピーッと鳴って沸騰を知らせた。
「すみません、お任せしっぱなしで」
こちらに駆け寄ってきた伊織さんが、ぺこりと頭を下げる。
「いえ、これくらい全然かまわないです」
「お茶を淹れるのは代わりますから、和華さんもお好きな団子、選んでください」
伊織さんが目線で示したテーブルでは、家政婦たちが目を輝かせてお団子を物色中だ。
楓子さんだけ、テーブルの端に静かに座っている。
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
そう言って土間から上がり、ちらりと太助くんを見る。話が中途半端になってしまったけれど、彼はそれまでと同じように換気扇を淡々と掃除している。