因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました
「私に噛み付く前に、教えて。あなたはいったい、なにに苦しんでいるの?」
「別に、苦しんでなんていません。でも、そんなに知りたいなら僕の秘密を教えてあげますよ。絶望するだけでしょうけど」
太助くんが、私の耳元に唇を寄せる。
そして、耳に触れるぎりぎりの位置で、冷たく囁いた。
「僕は、前科者です。それを隠して先生の弟子になりました」
「えっ……?」
にわかに信じられない事実だった。
太助くんに、前科がある……。いったいどんな罪を犯したというの?
ごくりと喉が鳴り、体が凍り付いたように動かなくなった。
「香道なんて金持ちの道楽には、興味も関心もありません。ただ、ここの弟子になれば食べるものにも寝る場所にも困らないという噂を聞いて、図々しくもこの家に紛れ込みました。前科のある人間は、住む場所や仕事を探すのにもひと苦労ですから」
言葉を失い呆然とする私を、太助くんは鼻で笑う。
「思っていた以上の野良犬ぶりでしょう? こんな男を弟子にするなんて、先生、見る目ないですよね。醍醐万斎だなんてたいそうな名前を持っている家元のくせして」
蔑むように話す彼の生暖かい息が、首筋にかかる。
私はカタカタと震えながらも、涙目で彼を睨んだ。