因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました
「……ダメです」
「そうですか……。先生は元々スマホ嫌いですから、どこかに置きっぱなしなのかも」
伊織さんはそう言って渋い顔をし、私も肩を落とした。
結婚してから、私との電話やメッセージは頻繁にしてくれるようになったとはいえ、今日のように仕事上大切なパーティーに参加していたら、煩わしくて持ち歩かないかもしれない。
だとしたら、私にできることはなにもない……。
悔しさに唇を噛む私に、伊織さんも太助くんもかける言葉が見つからないようだった。
蔵を出ると、太助くんはひとりで香間へ向かって行った。
光圀さんが自分の過去を知っていたというショックからなかなか抜け出せないのだろう。
今はそっとしてあげるのがいいと、私と伊織さんはふたりで母屋へ向かう。
「先生は、最近の太助の様子がいつもと違うことに気づいていました。それで、今回の出張は私を伴わず、おひとりで。私はその間彼の監視と和華さんの見守りをするようことづかっていたのですが、目を離した隙にあんなことになってしまい、すみません」
庭の所々に点在する灯篭の明かりを頼りに歩きながら、伊織さんが私に謝った。
光圀さん、伊織さんにそんなことを頼んでいたんだ……。私の知らないところで私を守ろうとしてくれた、その気持ちがうれしい。