因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました
「こんばんは、醍醐先生」
その時、背後から誰かに声をかけられたので、振り向く。
そこに立っていたのは、大きくスリットの入ったワインレッドのロングドレスを身にまとった空木先生だった。
同じ流派でないとはいえ、同じく香道を嗜むものとして、少々はしたない印象を抱く。もちろん、口には出さないが。
「こんばんは、空木先生。いらしていたんですね」
「ええ。あまり知り合いがいないので、醍醐先生の姿を見つけてホッとしました。今日も素敵なお着物ですね」
不意に手を伸ばしてきた空木先生が、俺の羽織に触れる。瞬間、彼女が纏っているらしい花のような甘い香水の香りを鼻先に感じた。
実は、先日の香席でも彼女の甘ったるい香水は気になっていた。
素人ならまだしも、彼女は香道家。香席で香りの強い化粧品や香水がご法度であることを知らないはずがない。
それでも彼女は五種類の香りをすべて正しく当てたが、香席で最低限の礼儀すら守らない態度に少々不信感を覚え、空木流について少し調べた。
するとどうやら、空木流も彼女も現在苦しい立場にあるということが判明した。そのせいで、自棄になっているのかもしれない。