因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました
香道は茶道・華道と同じように室町時代に成立した芸道のひとつで、香木を炷き、その香りを楽しむものだ。
香道では香りを〝聞く〟と表現し、嗅覚だけでなく全神経を集中させて香りを感じ取る聞香により、精神を豊かにする。
基本的な礼儀作法はもとより、日本の歴史や文学知識、書道の心得も必要とされるので、総合芸道とも呼ばれるのだとか。
その家元の妻だなんて高尚な役割が、私なんかに務まるのか自信はない。
もちろん、今さらこの結婚から逃げ出すことはできないけれど……。
「それでは、指輪の交換を」
住職に促され、武骨な手が優しく私の手を取る。
額にかかる前髪から覗いた彼の涼やかな瞳には、私を妻として迎える覚悟と、少しの罪悪感が滲んでいるように見えた。
光圀さんが責任を感じることなんてないのに……。
一瞬、綿帽子に隠れた額の一部が、チクッと疼くような感覚を覚える。
同時に遠い過去のワンシーンが脳裏をかすめたけれど、大切な結婚式なのだからと、私は余計な思考を頭から追い出した。
シンプルなプラチナリングが薬指に通され、次に私から、お揃いの指輪を光圀さんの薬指に通した。
本来なら、結婚指輪は大切な夫婦の証なのだろう。
しかし、私たちの指に嵌まったそれは、お互いを縛り付ける枷のようにも思えた。