因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました
『……だから、間違った家訓を吹聴していたのですか?』
邪魔者の和華を排除するため、あるいは単に精神的ダメージを与えたいがために、他の家政婦と一緒になって世襲制についての家訓を広め、和華の耳に入るようにした。そう考えれば納得がいく。
『ええ、そうですわ』
『十代だった俺にも同じことを伝えたのはなぜです?』
『……単なる自己満足です。あの時、和華さんに火傷をさせたという秘密をあなたと共有することで、優越感を得ていました。そして、時間が経てばその秘密があなたやお父様の弱みになるかもしれない。いつか利用できる日が来るかもしれないという、計算もありました』
……愚かな。弱みを握りたいなどと願うのは、もはや愛ではない。
楓子さんの身勝手さに、思わず眉根を寄せる。
『俺が不在の時、蔵に太助と和華を閉じ込めたのもあなたですか?』
伊織にあの日の話を聞いた時、状況から考えて楓子さんが犯人である可能性ももちろん頭に浮かんでいた。
しかし、これまでの付き合いから考えて、彼女を疑うのは失礼だと思う自分もいて、ハッキリ問いただせずにいたのだ。
『ええ、私です』
楓子さんは素直に認めた。彼女に対する憤りとともに、こんな身近に和華を憎む人物がいたのに気づかなかった自分の迂闊さが悔やまれる。
『でも、もう心配しなくて大丈夫。私は醍醐家を出ていきます。もちろん、和華さんや太助さんにきちんと謝って、ほかの家政婦たちに必要な引継ぎをしてから。……ここにいると、いつか本物の鬼になってしまいそうなので』
鬼のイメージとは程遠い、はかない笑みでそう言うと、楓子さんは俺に頭を下げて土間に戻っていく。
長らく世話になった相手だが、引き留める言葉は口から出なかった。
父への叶わぬ想いを昇華するには、ここを出た方がいい。
俺だって、楓子さんにはこれ以上道を踏み外してほしくない。他人を憎むこと以外にエネルギーを使い、心穏やかに生きてほしい。