因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました

「あの、光圀さん……ちょっとお話いいかしら」

 一歩俺に近づいてきた彼女は、人目を気にするようなそぶりをして、そっと囁いた。

「なんでしょう」
「奥様のことなんですけど」
「……和華がなにか?」

 和華の話だと分かるや否や、胸にざわっと、さざ波が立った。

 楓子さんの様子を見る限りあまり他人に聞かれたくない話のようだ。いったい和華がどうしたというのだろう。

「私はそんな風に思ったことはありませんけど、家政婦たちが噂してるんです。和華さんと太助さんが怪しいって」
「怪しい、とは?」

 言葉の端に少しの苛立ちが滲んでいるのを自覚しながら、あえて聞き返す。 

 彼女の言わんとすることはなんとなく察したが、どうせならハッキリ言ってほしい。

 楓子さんは言いにくそうに唇を噛んでから、俺を見上げた。

「もちろん、男女関係のことですわ。生活空間が分けられてるとはいえ、夫以外の若い男性と毎日一緒にいるんですもの……間違いが起きても不思議じゃありません」

 物憂げな吐息をつき、楓子さんが斜め下に視線を落とす。

 確かに、家族以外の者も共に暮らすこの家は、特殊な環境だ。太助がなんとなく和華に興味を抱いているのもわかっている。

しかし、あの和華に限ってそんな器用な真似ができるとは思えない。俺と本物の夫婦になりたいと切望したあの目に、嘘はなかった。

 それに、俺が少し着物を直しただけで真っ赤になって慌てるほど初心な和華だ。いくら太助がちょっかいを出したところで、深い仲に進展するとは考えにくい。

 もちろん、太助の動向にはこれからも注意を払わなければならないが……。

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