因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました
「ご心配いただき感謝します。しかし、その噂は聞かなかったことにします。ほかの家政婦にも、くだらならい噂話はやめるよう伝えてください」
俺は楓子さんを見つめ、淡々と告げた。
彼女は一瞬沈黙した後、申し訳なさそうに苦笑する。
「……そう、そうですよね。信頼している奥様とお弟子さんが深い仲になるなんて、そんなひどい話あるわけないわ。私ったら、真偽も確かじゃないことをむやみにお伝えしてごめんなさい」
「いえ、お気になさらず」
昔からこの家にいる楓子さんには、俺が息子のような存在なのだろう。多少のお節介や過干渉も、そう思えば理解できなくはない。
「では、失礼します」
小さく頭を下げ、楓子さんの前を去る。そして長い廊下を歩きながら、胸に抱えた小さな炭団に、またしても火が付いていることに気づく。
なんなのだろう、この焦れったいような、胸をかきむしりたくなるような感情は。
これまで精神の鍛練は怠ってこなかったはずなのに、和華がこの家に来てから、俺の心は花が咲いたり火が付いたり、形や色、温度までもころころと変わって忙しい。
最初は和華に対する罪の意識がそうさせるのだと思っていたが、それだけではないような気もする。
「……ダメだ、わからん」
結論を出すのはあきらめ、頭を左右に振る。
こんな時こそ香を聞くべきだと、香間へ急ぎ向かった。