因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました
「万斎は香席の準備をしておりますので、私が控えの間へご案内します。こちらへどうぞ」
庭を先導して歩きながらも、手と足が一緒に出そうになるほど緊張していた。
光圀さんの妻として彼の仕事に関わるのは、これが初めて。しかもお客様はみな教養のある方たちばかりなので、一挙手一投足に気を遣う。
「先生とは、どういった出会いだったんですか?」
「えっ?」
「ごめんなさい、不躾に。でも、香道ひと筋の醍醐先生がこんなに若くてかわいらしい奥様を迎えていたなんて、驚いたので」
立ち止まって振り返ると、空木先生の目が、悪戯っぽく弧を描いた。
一瞬ドキッとしたけれど、なれそめを聞かれることは想定済み。光圀さんと相談してそれらしい話を作ってある。
「実家が同じ浅草で、香木や線香を扱う店を営んでいるんです。それで、昔から贔屓にしてもらっていた関係で」
「そうだったんですか。先生ったら、香木より和華さん目当てでお店に通っていたのね」
空木先生はとくに疑うこともなく、ひやかすようにクスクス笑った。
実際は、結婚直前まで彼はまったく店を訪れてくれなかったけれど……。
私は曖昧に笑って前に向き直り、母屋の入り口を目指すのだった。