君しかいない
「美味しい」

 ココアを飲みながら感じていた。
 眠れない理由も聞かず、黙ってわたしを見守っている成瀬は。ただ傍でわたしに寄り添っていてくれる。
 わたしの気持ちを受け止めてくれるのは、やはり成瀬だけだ。
 コトンとカップをサイドボードへ置き視線をあげる。

「落ち着きましたか? では、カップを片付けましたら私も今日の業務を終了させていただきます。おやすみなさいませ」
「待って。わたしが寝付くまで傍にいてよ」

 怖いテレビを見て眠れない夜、わたしが眠りにつくまで背中をトントン叩いてくれた頃のように。
 今夜は成瀬に傍にいて欲しいと思った。

「……真尋様。もう子供では無いのですから」

 成瀬は少し困惑した表情を浮かべ、屈んでカップを手にすると速攻でわたしから離れようとした。
 そんな成瀬のスーツの裾を掴み、強引に引き止める。

「お願い。突然お見合い話を持ちかけられて、さすがに動揺してるみたい。一人で居たら色々考えちゃって眠れないから」
「真尋様」
「それに明日の朝、目の下にクマを作って出社したら。恥ずかしくて受付の仕事なんてできないわ」

 ちょっとズルイ言い方かな、なんて思ったけれど。どうしても成瀬にいて欲しいと思ったから。
 成瀬はフローリングの床に腰を下ろしたところで手を伸ばし、成瀬の前に差し出す。

「寝るまで手を握ってて。いいでしょ?」
「……分かりました。どうぞ」
「ありがと。成瀬の手、あったかい」

 成瀬の体温が繋いでいる手から伝わってくる。簡単にわたしの手を包んでしまう大きい成瀬の手に安心しきり、瞼を閉じながら手を引き寄せ頬に当てる。

「おやすみ、成瀬」
「おやすみなさいませ」
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