君しかいない
 誰が見ても明らかに見合い写真だと分かる表紙を開くと、斜に構えたポージングに無理くりな笑顔でこちらを見ているスーツ姿の男性が現れた。

「フェルダのご子息、道辻翔斗さんだ。今年三十になる」
「へぇ、三十にしては若く見えるわね」
「気に入ったか? 彼が見合い相手だ」
「ふぅん……え、今なんて?」
「真尋、お前の見合い相手だと言ったんだ」

 道辻翔斗さんはアパレルブランドフェルダの次男坊で、わたしとの縁談が成立した暁には東堂商事の社長として父の後を継ぐというのだ。

「婿養子に入ってくれるんだぞ。なかなかいい縁談だ」
「ちょっと待って、わたしお見合いなんかする気ないわよ?」

 まだ自由でいたいし好きなこともしていたい、誰かと結婚して一緒に生活するなんて考えてもいなかったから実感も湧かない。

「それにわたしは……」

 チラッと視線を後方に移す。わたしの後ろに控えている成瀬を見ると、成瀬の視線はわたしではなく真っ直ぐ前方に向けられていた。チクンと胸が痛くなり、そんな成瀬の横顔を見て思った「成瀬はわたしが誰かと結婚しても、なんとも思わないの?」と。
< 9 / 53 >

この作品をシェア

pagetop