囚われの令嬢と仮面の男
「さぁ準備ができた。マリーン、おいで?」

「え、えぇ」

 顔を隠していたときはもう少し言葉づかいが雑だったはずだ。彼への印象がコロコロと変わり、調子が狂った。

 椅子を引かれて席に着く。手元にナフキンを寄せられ、膝の上に広げる。

「マーサ・アリソンが依頼者だと気付いたのはさすがだった。さて……なにから話すべきか」

 背中に彼の存在を感じて、気持ちがやけにふわふわして落ち着かない。ことに男性に対しての免疫がないのだ。意識しっぱなしの自分が情けなかった。

「その前に……教えて? 素性を知られたから話そうと思ったの? 今までのあなたなら、それは言えないって言って、ダンマリで押し通していたはずよ」

「いや。彼女との計画がそろそろ頓挫しそうなんだ。今日ここへ来るのが遅れたのも、彼女が待ち合わせ場所に現れなかったからだし……。これからどう動くべきか、考えなくちゃいけない」

「私は……。まだ帰れないということ?」

 振り返って彼を見上げる。エイブラムは私を見下ろしたまま口を固く結んでいた。

 まつ毛を伏せ、憂鬱そうに何かを考え込んでいるような表情だった。
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