囚われの令嬢と仮面の男
 それまで椅子の背もたれにあった彼の手が離れ、エイブラムの背中が見えた。彼は私から距離を取り、いつものようにベッドの縁に腰を下ろした。

 大きな黒いフードをかぶったままの横顔で、また彼の表情がわからなくなった。

「……キミは。侍女のマーサ・アリソンについてどこまで知っている?」

「っえ、」

 急な質問に声がうわずった。乾いた唇を舌で湿らせてから、マーサのことを考えた。

「マーサは。私の気持ちを察するのが上手な人だった。いつもそこにいてくれるだけで安心したわ。優しくて穏やかで、彼女になら悩みを打ち明けることもできた。姉のような存在よ。
 でも、マーサにもつらいことがあって、何年も前に弟さんを事故で亡くしているって聞いた。当時は塞ぎ込んで大変だったけど、私との生活を始めてようやく安定したって……」

「なるほど」

 エイブラムはなにかしらを思案している。彼のシルエットから視線が床に張り付いているのはわかったが、感情は全く見えない。

「彼女からは、マリーンは妹のように可愛い存在だと聞いている。主従関係でありながらも、キミたちは姉妹のような関係性だったんだな」

 姉妹……。
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