囚われの令嬢と仮面の男
 ふとマーサに言われた言葉を思い出していた。

 ーー『お嬢様が幸せな気持ちでいてくれると、私も嬉しいです。その方とうまくいくと良いですね』

 あの言葉に嘘いつわりは感じられなかった。舞踏会の帰り、初めて会ったエイブラムに恋に近しい感情を抱いて、それを彼女に打ち明けた。

 マーサはもちろん、彼のことを知っていたはずだ。いったいどんな気持ちで私の話を聞いたのだろう。

 マーサが誘拐を依頼したのだとしても、私には彼女を悪く思えなかった。彼女に悪意はなかったと信じたい。

「マリーンは」と呟き、一度エイブラムが言葉を切った。言うべきか言わざるべきか、またどんな言葉で伝えようかと考えているようだった。

「マリーンは……これまでキミの父親がしてきたことを知らない。知らないほうが幸せなのかもしれないと思っていた。でもこのままあの屋敷で一生を終えるとなると……俺には不憫で仕方がない。どうにかしてやりたいと思った。これは……マーサ・アリソンも感じていたことだ」

 え……?

 自分の眼球が不自然に泳ぐのを、脳で認識する。
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