囚われの令嬢と仮面の男
 お父様がしてきたこと、そう言葉にされてなんとなく嫌な予感がした。

「お父様のしてきたことって……? 幼いころ私と仲の良かったイブを、死なせたこと?」

 エイブラムの顔がゆっくりと私に向けられる。どこか困惑したように眉を下げ、いいや、と首を振った。

「それもあるのかもしれないけど。そうじゃない」

「……じゃあ?」

「イブ・アランは生きている」

「っえ?」

「あの日、頭を撃ち抜かれて死んだのは別の少年だ。少年の名はピーター・アリソン……キミの侍女の、弟だ」

 マーサの……弟?

 みぞおちを打たれたように、声も出せなかった。

 彼の言葉がどこまで本当なのかはわからないけれど、しばらく何も考えられなかった。

「マーサ・アリソンの弟は……人違いで撃たれた。後ろ姿の背格好が、イブ・アランとよく似ていたんだ」

 エイブラムは鎮痛な面持ちで語り、下唇をキュッと噛んだ。そのまま俯き、私にまた横顔を見せる。

 驚くべきことはたくさんあるけれど、そもそも私は、イブの名前(フルネーム)をこの人に言った覚えがない。少年の頭が銃で撃ち抜かれたという事実も。
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