囚われの令嬢と仮面の男
 ギ、と乾いた音を立て、静かに椅子を引いた。立ち上がり、彼を見つめる。まだ食事に手はつけていないので、無作法だと咎められる心配もない。

 彼は困惑した様子で私を見上げ、眉をひそめた。

 テーブルから離れ、私は彼の隣りに座った。大きな黒いフードに手を伸ばし、それを脱がせた。表情をよく見て話したかった。

「マリーン……?」

 驚きと戸惑いの入り混じった瞳で、エイブラムが私を見つめた。くっきりとした二重まぶたで目の下に涙袋がある。大きなこの瞳を、私は知っている。

「そんな……っ、黙ってるなんてあんまりよ」

 ハッと呼吸音がして、彼が息を飲み込んだ。膝の上に置かれた彼の手が不自然に動いた。

 革手袋をした彼の左手を両手で握り、見てもいい、と目で尋ねた。

 エイブラムは観念したように頷いた。まつ毛の影が頬に落ちた。

 左手の手袋を外すと、思ったとおり、あの頃より大きくなった褐色の金魚がいた。手の甲に浮かぶ尾びれをふわふわと揺らして泳ぎ出しそうで、優美だ。

「あのころのあなたの名前(フルネーム)……イブ・アランじゃなくて。実はエイブラム・アラン……、だったりした?」

 彼は自分の左手に目を落とし、「ああ、そうだ」とどこか泣きそうな瞳を細めた。
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