囚われの令嬢と仮面の男
 戸惑いから曖昧な笑みがこぼれた。込み上がる涙で、視界が少しだけ霞んだ。

「それじゃあイブは……ニックネームかなにかだったのね。すっかり騙されたわ」

「すまない……別に騙すつもりは」

「ううん、いいの。今の家にはどうして? 引き取られたということ?」

「そう。里親なんだ。とても良くしてもらってる」

 エイブラムが少しはにかんだように笑った。唇の隙間から白い歯がこぼれる。美しい笑みだと思った。

「マリーン。キミのことはいつも気になっていたよ。キミに会えなくなってから一度あの生垣の向こうから名前を呼んだこともある。キミは気づいて応答してくれたけど……父親がすぐ側にいたから、それ以上声を上げることができなかった」

「ええ、覚えてるわ。あのときお父様が言ったのよ、あの少年はもう来ない、罰を受けたって」

 目を伏せると、両目に溜まった涙が頬へとこぼれ落ちた。

「イブが……、生きていてくれて本当に嬉しい。でも、マーサのことを思うと私……どんな気持ちになったらいいのかわからない」

 躊躇いのある手つきで、彼の指が頬に触れた。粒になって流れた涙を、慣れない手つきでそっと拭ってくれる。

「それは……。俺も一緒だよ。彼女に申し訳なくて……彼女が望んだことと俺の利害が一致して、キミを攫ったんだ」

 マーサが望んだこと。その続きを聞くのが怖くなった。

 きっとマーサは。お父様に復讐をしたい、そう思って生きてきたに違いないから。

 ***
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