囚われの令嬢と仮面の男
 けれど、そのエイブラムがイブだったと知り、私のなかで状況が大きく変わってしまった。

 屋敷にいる家族や侍女のマーサが気がかりではあるけれど、帰ればこうして(イブ)に会うのが困難になるかもしれない。

 もう会えなくなるのは嫌だと思っていた。

「エイブラムさん、私ね」

 そう言った途端、下の方から間の抜けた低音が響いた。空っぽの胃がぐうぅ、と音を鳴らし、続いてきゅるきゅる、と私の食道に訴えた。

 嘘でしょ、このタイミングで……!?

 案の定、顔の火照りは耳たぶにまで到達する。

「っははは!」

 彼が突然吹き出した。私を見て相好を崩し、肩を二、三度ポンポンと叩かれた。胸の奥がキュッと痛くなる。

「だから言ったのに」

 エイブラムに手を引かれて、大人しくテーブルに着いた。出された食事を口に運ぶしかなくなった。

 じゃっかんむくれたままでカトラリーを手にすると、彼は向かいに立ったままで嬉しそうに微笑を浮かべた。

 ひとつ咳払いをしてから、「いただきます」と言い、ソーセージを口にする。その味に満足しながらも、どうして(ろく)に動いてもいないのにお腹がすくのかしら、と考えた。
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