囚われの令嬢と仮面の男
8.誤解と焦燥
一階の客間にあるソファーの手すりに肘をつきながら、すぐそばに位置した窓の外をぼんやりと眺めていた。
赤や黄色、オレンジの花色が風にあおられ揺れている。その上を黒いものがちらちらと舞った。前庭の花壇を住処とする黒アゲハだ。
長いガウンを着た医者の男がお父様と対面する形で座り、咳払いをした。
「ですから」と言葉を継ぎ、私は現状へ引き戻される。
「おそらくお嬢様は、生存本能に基づく自己防衛、と言いますか……犯人と長い間一緒にいたことで生じた一時的な感情に、いまだ支配されているのでしょう。時間をかけてでも元の生活を取り戻せば大丈夫です」
もっともらしく語られる医者の見解を、どこか他人事のような気持ちで聞いていた。
「……そうか。して、その時間とはいったいどのぐらい必要だ?」
せっつくお父様から視線を下げ、医者は困惑顔になった。「それはなんとも……」ともごもご答えるのが精一杯の様子だ。
「個人差もありますから」
取り繕う医者の言葉にお父様は不機嫌な顔つきで眉を寄せた。どこか胡散くさく聞こえたのだろう。