あなたを満たす魔法
しゃー! と家永はソファーの上で立ち、完璧にはっちゃけている。惚けているあかりを置いてけぼりにしていた。わくわくした気持ちを隠しきれない様子で、熱心にメッセージを返している。
やっぱりアイドルが好きなんだ、と思ったが、それであれば、もっとアイドルに詳しい人を誘った方が良いのではないかとも考え、正直におずおず問いかけると。
「別にいいって、お前最近がんばってるし。ライブ行った事あるか? あー、アイドルじゃないアーティストとかのでもさ」
「いえ……。母に誘われても、わたしはちょっと場違いな気がして。いつもお留守番でした」
「もったいねえ! あの俺たちファンと、まおまおたちとの一体感! 冬でも汗をかくほどの熱烈な歓声! 歌に合わせた掛け声! サイリウム振りまくった次の日の心地よい筋肉痛! 何もかも、クッソ楽しいんだぜ!!」
……ここまで活き活きとした家永を見るのは、初めてかもしれない。もちろん仕事の事でカットなどの練習をしている彼も、活き活きしてはいたが、これとはまた別だ。あかりは、(ライブって、そんなに楽しいものなんだ……!)と、淡い期待を寄せる。
「そのかわり、ライブは3ヶ月くらい先だから、まだまだ時間ある。それまでに自分磨いて、出来る限り! 魅力的になれよ」
家永は、真剣だが。期待を寄せた瞳に、あかりを映す。じいっと見つめられ、思わず固まったが、彼はそのあと──とても強い意志を宿した様子で、続けた。
「自分で人生を楽しもうとしたり、綺麗になる努力をしない女を、俺は隣に絶対歩かせねえ。それだけは決めてんだ。」
惚け、あかりは思わず言葉を失うが。返事をしなきゃと、慌ててうわずった声で。
「は……はい。が、頑張ります!」
そう、返した。家永は、何処か神妙にまで思えるほどの様子をやめ、へらっと苦笑する。「ああ、イイ返事。」
完璧に、良い意味でペースを乱されているわけである、あかりだが──マイペースな彼が、そうだ。と、タンスから取り出した段ボール箱のガムテープを、ビリリと音を立てて剥がしだす。そこから大量のCDとDVDを出して、どん! と、テーブルの上へ置いた。
「MMO48(えむえむおー・ふぉーてぃーえいと)、通称“モモシハ”な! で、俺が学生時代から集めたCDの数々だ。どうだ、すげーだろ。全部、初回限定モノだぜ」
「へえ、すっごく多いですね……可愛い人ばっかりです」
「な! とりあえずお前、せっかくライブ行っても、曲わかんなかったらつまんねーから、これ全部聴いて備えろな。サイリウムの振り方とか掛け声とかは、DVD観て研究! いいな!」
「は、はい!」
更にイイ返事だと家永は頷き、メッセージを送り終えると、「今日の晩飯なに?」といつもあんがとな、とご機嫌に問うので、あかりは答えた。「どういたしまして」
「具だくさん、長いものグラタンとか。その他、もろもろです」
「っし! こっち終わらせて、たらふく食って、今日はよく寝る! んでライブグッズ買い込むために、明日からまた、がっつり仕事!」
「でも、あの、もう頑張りすぎて疲れていませんか? カットの練習は、早寝して明日の朝にでも」
違うね、と家永は無邪気に笑って、マネキンの頭をぽんぽんと撫でて言う。
「今日出来ない事は、明日も出来ない。明日出来ない事は、今日は出来る! つまりやると決めたら、思い立ったが吉日って言うだろ。今日しかないんだよ」
だから俺はやるから、お前は風呂入って先寝とけ。そう言うと、家永は再びハサミを手にしてマネキンのカットの状態を見ながら、こうも、付け足した。
「これで最近練習してるのは、週末にお前に“魔法”をかけるためなワケ。お前は週末に向けて、学校行って、辛くない程度に自分磨くためにでも、勉強しとけな。それには睡眠が大事だろ。よく食ってよく寝て、よく笑うんだよ」
それが人生楽しむ一つの方法。「あとは好きなものに、情熱を注ぐとか」良いエッセンスにはなるよな、と小さく笑って言う家永にあかりは惚けていたが、──思わず、カットを頑張る家永の努力の成果である、マネキンを見て、不意に少し赤くなってしまう。同時に、感動で涙が込み上げる。
(こんなにも、優しくされるの、やっぱり久しぶりすぎます。)
まさに、今にも涙が溢れてしまいそうだったので「お風呂お先に、頂きますっ!」ペコリとお辞儀をし、すぐリビングを飛びだした。
(週末、わたしはきっと、今より綺麗になれる。ならそれまで、わたしが出来る限りの努力を、出来る限りに、めいっぱいしよう……!)
髪やお肌の状態をよくして、姿勢を正して、きちんと歩いて喋って、洗練された人になれたらいい。出来ればいつか、家永が隣に歩かせてくれるような、そんな女性になりたい。
あかりは、微笑み。嬉しさと温かさのあまりの反動で、涙をぽろぽろ零しながら、脱衣所へ向かったのだ。
やっぱりアイドルが好きなんだ、と思ったが、それであれば、もっとアイドルに詳しい人を誘った方が良いのではないかとも考え、正直におずおず問いかけると。
「別にいいって、お前最近がんばってるし。ライブ行った事あるか? あー、アイドルじゃないアーティストとかのでもさ」
「いえ……。母に誘われても、わたしはちょっと場違いな気がして。いつもお留守番でした」
「もったいねえ! あの俺たちファンと、まおまおたちとの一体感! 冬でも汗をかくほどの熱烈な歓声! 歌に合わせた掛け声! サイリウム振りまくった次の日の心地よい筋肉痛! 何もかも、クッソ楽しいんだぜ!!」
……ここまで活き活きとした家永を見るのは、初めてかもしれない。もちろん仕事の事でカットなどの練習をしている彼も、活き活きしてはいたが、これとはまた別だ。あかりは、(ライブって、そんなに楽しいものなんだ……!)と、淡い期待を寄せる。
「そのかわり、ライブは3ヶ月くらい先だから、まだまだ時間ある。それまでに自分磨いて、出来る限り! 魅力的になれよ」
家永は、真剣だが。期待を寄せた瞳に、あかりを映す。じいっと見つめられ、思わず固まったが、彼はそのあと──とても強い意志を宿した様子で、続けた。
「自分で人生を楽しもうとしたり、綺麗になる努力をしない女を、俺は隣に絶対歩かせねえ。それだけは決めてんだ。」
惚け、あかりは思わず言葉を失うが。返事をしなきゃと、慌ててうわずった声で。
「は……はい。が、頑張ります!」
そう、返した。家永は、何処か神妙にまで思えるほどの様子をやめ、へらっと苦笑する。「ああ、イイ返事。」
完璧に、良い意味でペースを乱されているわけである、あかりだが──マイペースな彼が、そうだ。と、タンスから取り出した段ボール箱のガムテープを、ビリリと音を立てて剥がしだす。そこから大量のCDとDVDを出して、どん! と、テーブルの上へ置いた。
「MMO48(えむえむおー・ふぉーてぃーえいと)、通称“モモシハ”な! で、俺が学生時代から集めたCDの数々だ。どうだ、すげーだろ。全部、初回限定モノだぜ」
「へえ、すっごく多いですね……可愛い人ばっかりです」
「な! とりあえずお前、せっかくライブ行っても、曲わかんなかったらつまんねーから、これ全部聴いて備えろな。サイリウムの振り方とか掛け声とかは、DVD観て研究! いいな!」
「は、はい!」
更にイイ返事だと家永は頷き、メッセージを送り終えると、「今日の晩飯なに?」といつもあんがとな、とご機嫌に問うので、あかりは答えた。「どういたしまして」
「具だくさん、長いものグラタンとか。その他、もろもろです」
「っし! こっち終わらせて、たらふく食って、今日はよく寝る! んでライブグッズ買い込むために、明日からまた、がっつり仕事!」
「でも、あの、もう頑張りすぎて疲れていませんか? カットの練習は、早寝して明日の朝にでも」
違うね、と家永は無邪気に笑って、マネキンの頭をぽんぽんと撫でて言う。
「今日出来ない事は、明日も出来ない。明日出来ない事は、今日は出来る! つまりやると決めたら、思い立ったが吉日って言うだろ。今日しかないんだよ」
だから俺はやるから、お前は風呂入って先寝とけ。そう言うと、家永は再びハサミを手にしてマネキンのカットの状態を見ながら、こうも、付け足した。
「これで最近練習してるのは、週末にお前に“魔法”をかけるためなワケ。お前は週末に向けて、学校行って、辛くない程度に自分磨くためにでも、勉強しとけな。それには睡眠が大事だろ。よく食ってよく寝て、よく笑うんだよ」
それが人生楽しむ一つの方法。「あとは好きなものに、情熱を注ぐとか」良いエッセンスにはなるよな、と小さく笑って言う家永にあかりは惚けていたが、──思わず、カットを頑張る家永の努力の成果である、マネキンを見て、不意に少し赤くなってしまう。同時に、感動で涙が込み上げる。
(こんなにも、優しくされるの、やっぱり久しぶりすぎます。)
まさに、今にも涙が溢れてしまいそうだったので「お風呂お先に、頂きますっ!」ペコリとお辞儀をし、すぐリビングを飛びだした。
(週末、わたしはきっと、今より綺麗になれる。ならそれまで、わたしが出来る限りの努力を、出来る限りに、めいっぱいしよう……!)
髪やお肌の状態をよくして、姿勢を正して、きちんと歩いて喋って、洗練された人になれたらいい。出来ればいつか、家永が隣に歩かせてくれるような、そんな女性になりたい。
あかりは、微笑み。嬉しさと温かさのあまりの反動で、涙をぽろぽろ零しながら、脱衣所へ向かったのだ。