あなたを満たす魔法
第8話「息が詰まりそうに嬉しいなんて」
視聴覚室で口にするのは、あかりは温かいミルクティー。深理はレモンティー。深理はおかまいなしに暖房をガンガン入れて、櫛を使ってあかりの髪を丁寧に結んで、編み込みの三つ編みまでしてくれている。あかりは、静かに席に座ってそれを待っていた。
深理からは、柑橘系の香水の香りがする。どろりとした匂いではない。さっぱりとしていて、嗅ぐだけで心が安らぐのだ。教室では、いつも窓際の席で外を眺めている子だったけれど、話してみると普通に いい子だな。と、あかりは少し安心していた。
「うん。そりゃそーだろうね。……はい、完成」
「ありがとう、ございます……」
「敬語遣わなくていいっての。てか、まぁ美容師のその人に比べたら、わたしの結んだのなんて下手なほうだからね」
「いえ……。誰かに、やってもらえることが……うれしい、です」
「敬語遣うな」
ご。ごめんなさい。あかりは頭を下げた後、またも敬語を遣ってしまったことに気がつき、ごめんね。と謝り直した。
「えと……高遠さんは……。どうして、わたしなんか……」
「わたし、あんたのこと大嫌いだったの」
「え」
あかりは固まった。けれど、“だった”って? ──どういう意味だろう、と聞き続けていると。
「親のことで振り回されてるのは、まぁ仕方ないと思った。でもそれにかまけて、ああいう嫌な奴らに立ち向かおうとしないところ、やだった。見てて、スンゲー、イライラした。だからさっきまで放っておいたんだ。いじめる側が100パー悪くても、少しでも言い返さないと本当にやられっぱなしなんて、みじめじゃん」
深理はカバンからクッキーの小さな箱を取り出し、封を開けるとあかりに、2枚渡す。「あ、ありがとう」
「どういたしまして。で、まぁ……さっき言い返してるとこ見て、卑屈だし暗いしウジウジしてるし地味だし泣くしウゼーけど。言うときは言うんだなって、ちょっと見直したんだ」
「 (すごい言われようだけど……全部事実だなあ……。)うん……ありがとう」
「ううん。でもまぁ、わたしが口を出せることでもないのかとも、思ってて」
クッキーを口にし、ぼりぼりと食べた後に飲みこみ、レモンティーを口にした深理。少し黙ったが、続けた。
「わたし、父さんも母さんも揃ってる。きょうだいはいないけど、うざかっこいい従兄が居る。祖父母もね。恵まれてるでしょ。わたしだって、それをマジで幸せだと思ってる。この時世にここまで親族がそろってるって、あんまないよね。でもま……わたしも海外転勤してる父さん母さんが忙しいから、もう成人してる従兄と暮らしてるんだ」
「へえ……」
「結局はやっぱ、さみしーからさ。弱っちいなって思うわけ。未熟なもんですよ、ホント」
「……あの。……でも、その」
「なに?」
「 ……高遠さんは、弱くない。……すごく、強い子だと思う……。 」
あかりは、食べていたクッキーを飲み込んで、一生懸命に想いを伝える。
「わたしが高遠さんの立場だったら、助けたくても、助けることなんてできないのは、きっとそうだし。それに、自分が恵まれてるっていうことを……自覚して、それを大事に思っていることって……“あたりまえの幸せ”に浸りすぎて……人って、それを見過ごしがちだって。……お母さんが言ってたの。ささやかでいて、でも欠けがえのない、そんな幸せ。健康に生まれてこれたこと、愛を注いでくれる、家族や、周りの人たちが居ること……恵まれていること。……自分でわかってる人は、強いんだよ。……高遠さんは、なんというか」
目を伏せ、少しだけ赤くなり。あかりは口元をきゅっとあげて、こう続けた。
「本当の幸せの意味を、知ってる人だから……。それを噛み締めることを、疎かにする人たちなんかより……本当の意味で、すっごく、強いんだろうなって。……今、感じました。いえ、あ、あの……感じた。よ……」
──その言葉に、深理は驚いて言葉も失くしていた。ここまであかりと喋ったことなんてもちろんなかったが、彼女がここまで考えていて、饒舌であったということに先ず驚いたのだ。
「わたしは、そんな高遠さんが、……素敵な子だと思う。」
長い前髪の間からチラチラと自分を見つめてくる、黒い瞳。レトロな眼鏡のレンズの向こうの、その瞳が、驚いたものの、輝きだしていることに、気が付いた。
「あんた、結構言うんだね?」
「……気、悪くしちゃった?」
そんなことない。目を伏せそう言ったあと、深理は乳液で潤ったばかりである、あかりの頬をつついた。
「わたし、2階に居るよ」
「え?」
「反応知りたくてさ。黙ってたの。菱山っているじゃん? あいつの歳の離れた従妹なんだ、わたし。だからあんたの引越しの手伝いも、ぐちぐち言いながらこなしたの」
「……え?」
あかりは、混乱する。クエスチョンマークを浮かべまくっていると、深理は小さく初めて笑った。
「あんたと暮らしだして直ぐ、家永さんがさ。お前・あかりの様子見ておけー、ってうるさかったんだ」
無視してたけどね。そう言って、深理はあかりの手に、そっと手を少しだけ重ねる。彼女の爪にはネイルが施されており、とても華やかでツヤのあるものだった。これは、ネイリストの菱山にやってもらっているのだろうか。そんなことをおぼろげに思いつつ、問いかける。
「ご近所さん、……ってこと?」
「そーいうこと」
だからさ。深理は首を少し傾げ、笑いかける。「まぁ付かず離れず」
「これから面倒見てあげてもいんだよね、わたし」
「……い、いいの? それって……お……。……」
「お?」
「……お、……お友達になってくれるの……?」
緊張して心臓が喉から飛び出してしまいそうな思いで、訊ねた。生まれて初めてだ、こんな言葉を放ったのは。心音が急速に速くなり、体中がカッと熱くなる。震える声でそう問いかけると、どうしよっかな~。と、深理は少々イタズラなことを考えた様子であったが、あかりが涙をじわりと浮かべると。「あ。ああ、わかったって、……もう」そう言って、困り顔であるが、小さく笑って深理は頷く。
「なってください、なりましょう、が友達の始まりではないんだろうけど。まぁ……あんたにはそういうやり方が合うんだよね。いいよ。別に、わたしでよければ。外れもの同士でつるむのもありだし。菱山も仲良くしろってうっせーし」
「っ……!」途端、あかりの視界は次第にどんどんぼやけていっていたが、一気に涙腺が決壊したようにぼたぼたと涙が流れ、こぼれ出す。「スゲー泣き顔……」冷や汗交じりに、喜ぶのか泣くのかどっちにしたら? と深理は呆れていたが、今のあかりには、そんな器用なことなどできやしない。
「ま。付かず離れずご近所さんでクラスメイトで。よろしくね、あかり」
「よ。よろしく、おねがいします、高遠さん……!」
「敬語なし!」「あっ」「あと深理でいいから」「み、深理ちゃん……!」感動してあかりは震えていると、顔から出るモノ全部出てるよ・と、深理は引きつり笑いをしている。
けれど、あかりにとっては初めての友達。
初めて、自分を受け止めてくれた子。
『 受け止めて惹かれあう存在を、いつかきっと見つけるのよ。 』
母の言葉が、頭の中でこだました。嬉しさと同時にそのやさしい声に、涙がとまらなくなった。
深理からは、柑橘系の香水の香りがする。どろりとした匂いではない。さっぱりとしていて、嗅ぐだけで心が安らぐのだ。教室では、いつも窓際の席で外を眺めている子だったけれど、話してみると普通に いい子だな。と、あかりは少し安心していた。
「うん。そりゃそーだろうね。……はい、完成」
「ありがとう、ございます……」
「敬語遣わなくていいっての。てか、まぁ美容師のその人に比べたら、わたしの結んだのなんて下手なほうだからね」
「いえ……。誰かに、やってもらえることが……うれしい、です」
「敬語遣うな」
ご。ごめんなさい。あかりは頭を下げた後、またも敬語を遣ってしまったことに気がつき、ごめんね。と謝り直した。
「えと……高遠さんは……。どうして、わたしなんか……」
「わたし、あんたのこと大嫌いだったの」
「え」
あかりは固まった。けれど、“だった”って? ──どういう意味だろう、と聞き続けていると。
「親のことで振り回されてるのは、まぁ仕方ないと思った。でもそれにかまけて、ああいう嫌な奴らに立ち向かおうとしないところ、やだった。見てて、スンゲー、イライラした。だからさっきまで放っておいたんだ。いじめる側が100パー悪くても、少しでも言い返さないと本当にやられっぱなしなんて、みじめじゃん」
深理はカバンからクッキーの小さな箱を取り出し、封を開けるとあかりに、2枚渡す。「あ、ありがとう」
「どういたしまして。で、まぁ……さっき言い返してるとこ見て、卑屈だし暗いしウジウジしてるし地味だし泣くしウゼーけど。言うときは言うんだなって、ちょっと見直したんだ」
「 (すごい言われようだけど……全部事実だなあ……。)うん……ありがとう」
「ううん。でもまぁ、わたしが口を出せることでもないのかとも、思ってて」
クッキーを口にし、ぼりぼりと食べた後に飲みこみ、レモンティーを口にした深理。少し黙ったが、続けた。
「わたし、父さんも母さんも揃ってる。きょうだいはいないけど、うざかっこいい従兄が居る。祖父母もね。恵まれてるでしょ。わたしだって、それをマジで幸せだと思ってる。この時世にここまで親族がそろってるって、あんまないよね。でもま……わたしも海外転勤してる父さん母さんが忙しいから、もう成人してる従兄と暮らしてるんだ」
「へえ……」
「結局はやっぱ、さみしーからさ。弱っちいなって思うわけ。未熟なもんですよ、ホント」
「……あの。……でも、その」
「なに?」
「 ……高遠さんは、弱くない。……すごく、強い子だと思う……。 」
あかりは、食べていたクッキーを飲み込んで、一生懸命に想いを伝える。
「わたしが高遠さんの立場だったら、助けたくても、助けることなんてできないのは、きっとそうだし。それに、自分が恵まれてるっていうことを……自覚して、それを大事に思っていることって……“あたりまえの幸せ”に浸りすぎて……人って、それを見過ごしがちだって。……お母さんが言ってたの。ささやかでいて、でも欠けがえのない、そんな幸せ。健康に生まれてこれたこと、愛を注いでくれる、家族や、周りの人たちが居ること……恵まれていること。……自分でわかってる人は、強いんだよ。……高遠さんは、なんというか」
目を伏せ、少しだけ赤くなり。あかりは口元をきゅっとあげて、こう続けた。
「本当の幸せの意味を、知ってる人だから……。それを噛み締めることを、疎かにする人たちなんかより……本当の意味で、すっごく、強いんだろうなって。……今、感じました。いえ、あ、あの……感じた。よ……」
──その言葉に、深理は驚いて言葉も失くしていた。ここまであかりと喋ったことなんてもちろんなかったが、彼女がここまで考えていて、饒舌であったということに先ず驚いたのだ。
「わたしは、そんな高遠さんが、……素敵な子だと思う。」
長い前髪の間からチラチラと自分を見つめてくる、黒い瞳。レトロな眼鏡のレンズの向こうの、その瞳が、驚いたものの、輝きだしていることに、気が付いた。
「あんた、結構言うんだね?」
「……気、悪くしちゃった?」
そんなことない。目を伏せそう言ったあと、深理は乳液で潤ったばかりである、あかりの頬をつついた。
「わたし、2階に居るよ」
「え?」
「反応知りたくてさ。黙ってたの。菱山っているじゃん? あいつの歳の離れた従妹なんだ、わたし。だからあんたの引越しの手伝いも、ぐちぐち言いながらこなしたの」
「……え?」
あかりは、混乱する。クエスチョンマークを浮かべまくっていると、深理は小さく初めて笑った。
「あんたと暮らしだして直ぐ、家永さんがさ。お前・あかりの様子見ておけー、ってうるさかったんだ」
無視してたけどね。そう言って、深理はあかりの手に、そっと手を少しだけ重ねる。彼女の爪にはネイルが施されており、とても華やかでツヤのあるものだった。これは、ネイリストの菱山にやってもらっているのだろうか。そんなことをおぼろげに思いつつ、問いかける。
「ご近所さん、……ってこと?」
「そーいうこと」
だからさ。深理は首を少し傾げ、笑いかける。「まぁ付かず離れず」
「これから面倒見てあげてもいんだよね、わたし」
「……い、いいの? それって……お……。……」
「お?」
「……お、……お友達になってくれるの……?」
緊張して心臓が喉から飛び出してしまいそうな思いで、訊ねた。生まれて初めてだ、こんな言葉を放ったのは。心音が急速に速くなり、体中がカッと熱くなる。震える声でそう問いかけると、どうしよっかな~。と、深理は少々イタズラなことを考えた様子であったが、あかりが涙をじわりと浮かべると。「あ。ああ、わかったって、……もう」そう言って、困り顔であるが、小さく笑って深理は頷く。
「なってください、なりましょう、が友達の始まりではないんだろうけど。まぁ……あんたにはそういうやり方が合うんだよね。いいよ。別に、わたしでよければ。外れもの同士でつるむのもありだし。菱山も仲良くしろってうっせーし」
「っ……!」途端、あかりの視界は次第にどんどんぼやけていっていたが、一気に涙腺が決壊したようにぼたぼたと涙が流れ、こぼれ出す。「スゲー泣き顔……」冷や汗交じりに、喜ぶのか泣くのかどっちにしたら? と深理は呆れていたが、今のあかりには、そんな器用なことなどできやしない。
「ま。付かず離れずご近所さんでクラスメイトで。よろしくね、あかり」
「よ。よろしく、おねがいします、高遠さん……!」
「敬語なし!」「あっ」「あと深理でいいから」「み、深理ちゃん……!」感動してあかりは震えていると、顔から出るモノ全部出てるよ・と、深理は引きつり笑いをしている。
けれど、あかりにとっては初めての友達。
初めて、自分を受け止めてくれた子。
『 受け止めて惹かれあう存在を、いつかきっと見つけるのよ。 』
母の言葉が、頭の中でこだました。嬉しさと同時にそのやさしい声に、涙がとまらなくなった。