あなたを満たす魔法
 こつん、と右足をつま先で小突かれると鈍い痛みが走った。ほら駄目じゃん、と深理はため息をついて歩き出す。あかりもつられて、ゆっくりと歩き出した。

「このすぐそばに、名渕さんの病院あるから」
「い、いや、そこまで大げさなことでは」

 明日カットしてもらうんでしょ。そう言って、深理はマイペースに、熱心に歩き続ける。「足、悪化させて歩けなくて」

「サロンまで行けなかったらどうすんの? 家永さんにボコされるよ」
「う……」

 だから黙ってついてきなさい、と深理は説き伏せて、それから黙々と歩く。あかりは返す言葉をなくして赤くなり、本当にありがとう。と、お礼を心から言った。──

 ──名渕医院に辿りつくと、そこは聊か小さくも、小ぎれいで、まだ比較的に新しい造りの病院だった。バリアフリーも施され、入る時のスリッパも除菌機に入れられており、潤い咲く観葉植物も心をほぐして癒してくれるもので、とても居心地がよろしい。何より、外のつんざく寒さの中に居た体を、ゆっくりと溶かしてしまうように、心地よい温度設定での暖房が入っている。独特の薬品の香りもあまりせず、心がほだされるようだ。
 今は待ちの患者がおらず、“お昼休み。”と書かれた札があり、あと30分後に、午後の診察が始まると書いてあった。が、おかまいなしに深理は扉を開けて入る。スリッパを除菌機から二組み取り出し、あかりにそっと履かせると自分も履いて、院内に入る。受け付けの呼び鈴を鳴らすと、女性の看護師がやってきた。

「あら、高遠さん。こんにちは」
「こんにちは。名渕先生いらっしゃいますか? この子、雪で転んで、足捻っちゃって。湿布とか頂けるだけでいいんですけど」
「先生なら今、お昼を終えたところだから、大丈夫よ。診察室へどうぞ」

「だってさ、あかり」「え!?」あとは自分で怪我の状態話すんだよ、と深理はそっと離れてゆく。

「わたし、荷物持ってっちゃうから……生ものも、あるし。診察終わったら連絡ちょうだい、チャリで来るからさ」
「え、いや、あの、その、でも……!」
「大丈夫だって。名渕さん、ちょい堅物だけど、腕は確かだから」
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