あなたを満たす魔法
 さらさらと症状、薬に怪我の状態を書く名渕とあかりの間に沈黙が流れる。どうしよう。家永さんにお金の負担をかけたくないよ。自分で今払える分は、払っておこうかと考えていたが、目の前の医師である名渕は腕時計の針を見た後に、あかりを見つめた。目が合うと、反射的にあかりは逸らしてしまう。彼の目には、何もかも。自分の弱い所、考えていることを見透かされてしまいそうな感覚に陥るからだ。

「深理と、仲がいいのか?」

 ──問われ、あかりは少し固まったが。考えた後、はい。と浅く頷く。

「多分……いい、です。いい子、です。深理ちゃん」
「一匹狼のような子でもあるからな。鋭利な言葉を放つこともあるだろう」
「はい、少し。でも、それ以上に……すごく素敵な子です」

 わたしが省かれたら、傍に居てくれる。髪型崩れたら、直してくれる。そう言って、あかりは目を伏せて心底嬉しそうに、深理の存在を抱きしめるかのように言う。

「お姉さんみたいな、お友達です。」

 ──しかし、名渕はそのあとに、何も言わなかった。少しの間に、またも沈黙が流れたので、どうしたのだろうと顔を上げると、名渕は目を少しだけ見開き、いささか動揺したようすで言葉を失っていたのだ。変なことを言っただろうか。少し首を傾げると、彼は視線をそらす。あかりの疑問に答えるように「いや」と、驚いた理由を口にする。

「……彼女は、他人の髪を触ることを、嫌悪していてな」
「え? ……嫌っているって、ことですか?」
「ああ。平たく言えば、あいつは美容師の才能のかたまりで……」

「幼いころから、かなり優秀な人材で、大会でも優勝をし続けていたのだが」少しややこしいことがあって、ハサミを握らなくなった。そう言って、名渕は視線を少しだけ落として鼻で息をつく。

「そんなあいつが、きみの髪に触れたのは、……何故だろうな。不思議だ、さっぱり分からん」

 ──あかりはやや瞠若し、視線を沈める。深理は、家永が朝にセットしてくれた髪が学校の体育の授業などで崩れると、まったくもう・といったようすで直してくれる。呆れているところは少し垣間見えていたが、嫌がる様子はなかった。少なくとも、あかりが彼女を見る限りは。だからだろうか? 高尾に先日、深理に髪を直してもらったと言うと、驚いていたのは。
 それに、ややこしいことって、何? 知りたいことは山ほどあるが、きっとそれはあまり深く訊くのはよろしくない話題なのだろう。なら、訊くべきではない、と感じた。あかりは、自分の家族のことや、生い立ちを深く訊ねてこない深理に、救われていた。それなら、今自分も、ここで名渕に聞くことは、何かが違うのだろうとも思う。もし聞くのであれば、それは深理に面と向かって聞くことが一番、ということだ。
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